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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)2481号 判決 1964年6月17日

原告(反訴被告) 岩崎梅雄

右代理人 三森淳

被告 林勝次郎こと 林行玉

右代理人 林円力

被告(反訴原告) 小松鶴一

<外二名>

右三名代理人 築山重雄

主文

一、別紙目録の各不動産につき原告が所有権を有することを確認する。

二、被告小松、同笹川、同渡辺は原告に対し右各不動産につきそれぞれ持分三分の一に応じ所有権移転登記手続をなすべし。

三、原告のその余の請求を棄却する。

四、反訴原告らの請求をすべて棄却する。

五、訴訟費用は本訴反訴を通じ被告らの負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本訴について、

本件不動産につき、請求原因二、記載の通り被告林のために所有権移転仮登記及びその本登記並びに被告小松、笹川、渡辺のために所有権移転登記の有することは当事者間に争いがない。

被告らの抗弁について考えるに、≪証拠省略≫によれば、被告林は、昭和三四年八月二八日、原告に対し訴外北産業株式会社を連帯債務者として弁済期同年一一月二八日利息月四分五厘の定めで貸し渡し(註、その額は三五〇万円である)、原告から即時一ヶ月分の利息金一五七、五〇〇円の支払を受け、原告との間に右同額の第二回、第三回分利息はそれぞれ同年九月二八日、同年一〇月二八日に支払うべき旨の約束をなし、同時に原告が右利息の支払を一回でも怠るときは期限の利益を失い、被告林において本件不動産を右元利金の代物弁済として取得することができる旨の代物弁済の予約をなしたことを認めることができる。甲第七号及び乙第三号証には利息につき右認定に反する記載があるけれども原告及び被告林各本人尋問の結果と甲第七号証は公正証書であり、乙第三号証は登記申請の添付書類となすべきものである事実から右各証書の記載は単に合法の形式を整えるため記載されたもので当事者の真意に出づる記載ではないと推認せられるから右認定の妨とならず、証人山本弘、同荒木善一の各証言中右認定に反する部分は原告本人尋問の結果に照らし措信できず、他に右認定に反する証拠はない。被告は、本件消費貸借及び代物弁済の予約は、原告が直接被告林と締結したものではなく、訴外窪川雅久が無権限で原告の名義で締結したものであると主張するけれども証人山本弘、同荒木善一の証言中これに副うが如き部分は右各証人のその余の証言及び原告本人尋問の結果に照らし措信できず、他に右主張事実を認めて前段認定を覆えすに足りる証拠はない。

そこで本件代物弁済の予約は公序良俗に反する無効のものであるとの原告の再抗弁について考えるに、

≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。

原告は、東京都新宿区西落合所在のオリエンタル写真工業に三〇年以上工員として勤務する実直で世間知らずの人物で、本件不動産のうち宅地二四三坪七合五勺は親譲りの、原告の全財産ともいうべきもので、昭和三四年当時の時価は金一五〇〇万円以上であつたところ、原告は、昭和三三年中他人の勧めで右宅地の一部に別紙物件目録六、のアパートを建築し、その建築資金として、右宅地を担保に銀行その他から金借し、昭和三四年三月頃元利合せて金八五万円ほどの負債があつたので、たまたま知合の訴外山本弘に右債務の整理を依頼した。山本は、その頃石油販売業を行い、仕入先に対する保証金に窮していたので、原告が世事に疎く法律知識など全くなく、しかも山本を信任して本件不動産の権利証、原告の印鑑証明書、委任状の交付をうけていることをよいことにして原告にうまく取り入つて、その承諾の下に本件不動産を担保として金融業者訴外高谷源次郎から金二〇〇万円を借入れ、右借入金のうちから前記負債八五万円ほどは返済し、残金約一一五万円は石油仕入先会社に保証金として差入れた。ところが右会社は間もなく倒産して右保証金は回収不能となり、原告に損害を及ぼす結果となつた。窮地に立つた山本は、友人荒木善一を介して一面識の訴外窪川雅久にその善後策を相談した。窪川は、原告の無知、山本の窮状と浅慮に乗じ、本件不動産を担保に金貸しから金融を得てこれを領得しようと企て、北産業株式会社代表取締役北原良滑をも右企てに関与させ、山本に対し、北産業株式会社は、無資産で石油のサブデイラーでなく、何百万円もの借入金を数ヶ月の短期間内に返済する能力は全く無い会社であるに拘らず、右会社は、石油のサブデイラーから今後大メーカーの直接の販売特約店であるデイラーに切替えようとしている大会社であるから、本件不動産を担保に金融を得て、先ず原告の負債を返済し、残余は右会社の営業資金に使わせて貰いたい、そうすれば右会社から今後山本に対して石油を供給し、右会社は、右流用を得た営業資金によつて生ずる利益から借入金の金利全部及び流用を得た金員を弁済し、山本においては右会社の供給する石油を販売することによる利益から残余の借入金を弁済し、本件不動産の担保を消滅させて原告に返還しようという虚構の事実及び実行する意思のない計画を申向けて山本をしてその旨誤信せしめた。山本は、右誤信に基いて原告に対して窪川から言われた通りを伝え、一抹の不安を感じていた原告を石油の特約販売店の経済力の大きいことを話して説得し、原告をして、山本と同様の誤信に陥らしめ、本件不動産の権利証、原告の印鑑証明書、委任状を窪川に交付することを承諾させ、かつ金借その他一切の事実上の交渉を窪川に任せることについて同意させた。

このようにして、本件消費貸借、代物弁済の予約は原告と被告林が山本、窪川立会のもとに相対席して締結されるに至つたが、右契約は、窪川の演出の下にその意図に従つて行われたものである。その結果は、原告の高谷源次郎に対する負債約二百二、三十万円は弁済されたが、残借入金約一一〇万円は全て窪川において領得し、窪川は、そのまま行方をくらましてしまい、被告林は、本件不動産につき前記争いのない事実の通り所有権移転仮登記を経由した他抵当権設定登記、賃借権設定仮登記を経由し、僅か二ヶ月後には争いのない事実の通り右仮登記の本登記をなし、次いで一ヶ月後には被告小松、笹川、渡辺のために所有権移転登記を経由した。しかして、被告林は、金融業者で窪川とは従前からの知合いであり、本件契約以後も連絡があり、窪川は詐欺等の嫌疑で警察から取調べを受けたことのある人物である。

このように認めることができ、これに反する被告林本人尋問の結果は措信できず、他に右認定の妨げとなる証拠はない。

右認定事実に基けば、本件消費貸借及び代物弁済の予約は、第三者たる窪川の詐欺によるものであるけれども、相手方たる被告林はその事実を知つていたとは断じ難い。しかしながら、被告林は、金融業者であり、窪川を予ねて知つていた事実及び本件契約締結後被告林が本件不動産についてとつた処置からすれば、被告林は、右契約締結に際し、北産業株式会社の無資産、業績、信用状況の悪いこと、原告は、世情に疎い人物であり、本件不動産以外に財産がないこと、原告には本件貸金元本を三ヶ月の短期間に弁済することは勿論、高利の支払をすることは本件不動産を代物弁済に供する以外に方法がないことを十分に知悉し、本件不動産を代物弁済として取得し、これを転売することを目的として本件代物弁済の予約をなしたものであると推認するに難くない。およそ、貸金の担保の趣旨で代物弁済の予約をなした場合、目的物件の価格が債権額の数倍であるとの事実のみではそれが暴利行為として公序良俗違反とはならないけれども、右事実に加えるに、債権者が当初から債務者において短期の弁済期間に貸金元本の弁済はもとより、高利の支払もなし得ない事実を予測し、そのような事実が発生した場合は直に目的物件の所有権を取得しようという意図があつたこと、契約の締結が犯罪行為に由来し、その結果が債務者に何らの利益を齎らすことなく、不当な損害のみを加えるものであること等の事情が存するときは、代物弁済の予約は公序良俗違反の行為となるものといわねばならない。このように考えると、本件代物弁済の予約は公序良俗に反する無効のものと断ずべきである。したがつて、被告林は、本件代物弁済の予約を主張して本件不動産の所有権を取得することはできない。しかして、被告小松、笹川、渡辺は、昭和三四年一一月一八日、共同して被告林から本件不動産を買受けたことは当事者間に争いがないけれども、被告林は無権利者であるから被告小松、笹川、渡辺が本件不動産の所有権を取得するいわれはない。

以上の説示により、原告は、本件不動産の所有者であること明らかであり、被告らは、それを争つているのであるから、原告の所有権確認の請求は理由がある。次いで、原告は所有権に基いて、登記簿上の所有名義人たる被告小松、笹川、渡辺に対し所有権移転登記手続を求めているところ、右被告らは無権利者であるから真実の権利者たる原告に対しその請求に応ずべき義務があるが、右被告らは、本件不動産につき各持分三分の一の登記名義を有しているに過ぎないから、原告の請求は、右原告らの登記簿上の各持分に応じて移転登記手続を求める限度において理由があり、これを超える部分は排斥を免れない。最後に、原告は、被告林に対して前記所有権移転仮登記の抹消登記手続を求めているので考えるに、以上の判断から右仮登記の登記原因たる代物弁済の予約は無効であることは明らかであるから、一見右仮登記は、登記原因を欠くの故を以て右抹消登記手続を求める請求は許容すべきものの如くであるけれども、本件において原告が現在の登記簿上の所有名義人たる被告小松、笹川、渡辺に対し所有権移転登記手続を請求し、右請求を認容するのは被告小松、笹川、渡辺らの所有権移転登記は本来登記原因を欠く無効のものであるけれども、真実の所有権者たる原告に登記名義を一致させるための便法として右無効の登記をそのまま存続せしめて右登記名義人からの移転登記を許容したものであつて、これはあくまで右無効の登記の存続を前提とするものであるから、原告としては、右前提たる登記の抹消登記手続を求め得ないと同様に、その前提となるべき右仮登記の本登記及び仮登記の抹消登記手続を求めることはできないものと解するを相当とする。したがつて、この点に関する原告の請求は理由がない。

二、反訴について、

本訴について判断した通り被告林は本件不動産の所有権を取得していないから、同被告から所有権を売買によつて取得したことを前提とする反訴原告らの請求の理由がないことは明らかである。

三、よつて、原告の本訴請求のうち、本件不動産が原告の所有であることの確認を求める請求を認容し、被告小松、笹川、渡辺に対する本件不動産につき所有権移転登記手続を求める請求については右被告らの登記簿上の各持分三分の一に応じて所有権移転登記手続を求める限度において認容し、その余を棄却し、被告林に対する仮登記の抹消登記手続を求める請求は棄却し、被告小松、笹川、渡辺の反訴請求は全て棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 西山要)

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